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釧路家庭裁判所帯広支部 昭和47年(少)623号 決定

少年 U・R(昭二八・九・六生)

主文

この事件については審判を開始しない。

理由

1、本件送致事実の要旨は、少年は○野○け○(昭和三一年一一月一一日生)が一八歳未満の者であることを知りながら昭和四七年七月上旬ころの午後八時ころ肩書住居地の少年の自室内において同女と性交し、もつて青少年にいん行した、というのであり、本件送致書には右事実は北海道青少年保護育成条例一二条の三に違反し、同条例一八条の適用がある旨の記載がある。

2、同条例の規定をみると同条例一二条の三は「何人も、青少年に対し、いん行またはわいせつな行為をしてはならない。」と規定し、これに対する違反には同条例一八条により三万円以下の罰金を科するものとし、同条例二条一項においては前記青少年とは配偶者のある女子を除く学齢の始期から満一八歳に達するまでの者を指すこととされ、二二条によれば刑法、児童福祉法その他の法令に該当する行為については本条例の適用が排除されている。

そこで同条例一二条の三にいう「いん行またはわいせつな行為」の意味について検討するに、性行為は人間の根源的な欲求に根ざすものであり、人間の行為の中でその行為をなすか否か、対象の選択等について行為の当事者双方の個人的判断が尊重されることの最も必要な行為の一つであるから、性行為の意味や結果について通常の判断力を有する双方当事者の真に自由な意思に基づく行為であるかぎり、これに刑罰を科して抑止しようとするためには、抑止の必要性について合理的根拠がなければならないのであつて、このことは一方の当事者が青少年であつても同様である。前記条例の解釈にあたつてもそのことは失念してはならないのであるが、他方同条例一条によれば、同条例は青少年の福祉を阻害するおそれのある行為を防止し、その健全な保護育成を目的とするものであり、青少年が心身ともに急速な成長の段階にあり他からの影響を受けやすく、自己の意思をもつて自己の行為をコントロールし得ない者の少なからぬことからして青少年に対する性的行為の法的規制が一般成人に対するそれよりも厳格であることもまた理由がないとは言えない。

しかしながら民法が一六歳以上の女子について婚姻能力を認めていること、現在の青少年、特に年長青少年の精神傾向、知識、身体的成熟度に照らし、刑法、児童福祉法等の法令が適用されない青少年を対象とする性行為や性的行為がすべて青少年の福祉を阻害し、健全な保護育成に支障をきたすものと解すべき合理的根拠はとぼしい。たとえば判断能力において何ら欠けることのない青少年が愛情の発露として自由な意思に基づいてやむにやまれず婚約者となした性行為について捜査機関や司法機関が証拠収集のため青少年から事情を聴取しさらにはその相手方を処罰することが青少年の福祉をはかり、その健全な保護育成に資するものとは考えられないであろう。

文理的に検討しても前記一二条の三には「性交」、「性的行為」等単に事実を指示する文言ではなく「いん行」または「わいせつな行為」という否定的価値判断を含む文言が使用されていることに照らし、青少年を対象とする性行為または性的行為のすべてが前記条例により規制されるものとは解しえない。

むしろ前述のような性行為における個人意思尊重の必要性、青少年の健全育成の目的、幅広い青少年の定義や一二条の三の文言、他の法規による性行為の規則等を総合すれば本条例にいう「いん行またはわいせつな行為」とは、(1)育少年が性行為の意味や結果について判断能力を有しない状態にあることを利用し、または強姦罪、強制わいせつ罪に該当しない程度の暴行、強迫や威迫、欺罔、支配的立場にあることを利用するなどの手段による等何らかの形で青少年の性的自由を侵害する性行為および性行為以外の性的行為もしくは(2)対価の授受や第三者の観覧に供することを目的とし、あるいは多数人を相手方とする乱交の一環としてなされたものである等反倫理性の顕著な性行為および性行為以外の性的行為をさすものと解するのが相当である。

3、そこで少年の本件行為について検討すると、少年が送致事実のとおりの日時場所において○野が一八歳未満であることを知りながら同女と性交したことは本件記録によつて認められるところであるが、本件記録によれば少年は昭和四七年四月ころ帯広市内で同女と知り合いその後誘い合つてデートを重ねるうち合意のうえ前記認定のとおり肉体関係を結ぶに至り、その後も数回にわたつて肉体関係を持つたこと、少年と同女はこの間将来の結婚を約束し、同女の母親にも紹介されていたこと、両名の結婚話は最終的には○野の母が反対したため解消され、少年は同年八月下旬以降は同女と交際していないこともまた認められる。(以上の事実および同女が性行為の意味、結果等について判断能力を有しないものではないことは同女にかかる当庁昭和四七年(少)第六二三号事件の調査審判を通じて当裁判所に顕著な事実である。)このような事実によれば少年と同女の本件性行為が現在の社会における性観念に照らし刑罰をもつて抑止する必要のある程顕著な反倫理性を帯びているものと解することはできないし、本件性行為が同女の性的自由を侵害するような手段によつてなされたことを認めるに足る証拠はない。

よつて少年については非行の証明がないので少年法一九条一項により審判を開始しないこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 西田美昭)

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